与蔵沼の伝説

与蔵沼画像大芦沢・羽根沢と飽海郡との境に与蔵峠というところがある。標高685メートルで、昔は庄内越えの要路であった。峠の頂上には直径200メートルほどの沼がある。深さは底知れず、あるとき村の若者が筏をつくって沼の真ん中にいき、深さを計ろうとして縄一把におもりをつけて下ろしたが、底にとどかなかったという。この沼には主の大蛇が棲んでいるといわれているが、大蛇にかかわる物語が伝えられている。

 

昔、この峠で炭焼きをしていた与蔵という若者がいた。ある秋の日のこと、与蔵はかまに入れる薪背負いをしていた。汗を流したせいか、喉がからからにかわいたので、筧(木や竹でつくったといで、水を引くしかけ)から流れてくる水に口をつけてごくごく飲んだ。ふと見ると、筧に小さな魚が二尾流れてきていた。与蔵は喜んでその魚を捕らえ、焼いて昼飯のおかずにした。ところがどうしたことか喉がかわいてきはじめた。筧の水を続けざま飲んだが、それでもたまらない。与蔵は大急ぎで沢に下りていき、沢水に口をつけて飲んだ。

その日も暮れ、夜中になっても与蔵が帰らないので母親が心配して、村人たちと迎えに峠に上った。炭小屋のところまでくると、そこには満々と水をたたえた大きな沼になっていた。みんなびっくり仰天したが、それよりも与蔵はどうしたものかと、みんなで探しまわったが、みつからない。

蛇画像母親は気がふれたようになって、『与蔵やーい、与蔵やーい』と叫んだ。すると、今まで静かに月光に輝いていた沼の水面が急にざわめいて、大きな渦がもり上がったと思うと、そのなかから、にゅと鎌首をもちあげた1匹の白い大蛇が、真っ赤な口を開けて『おーい』と返事をした。


与蔵はあまりに喉がかわいたので、谷をせきとめて沼をつくり、そこにはいり水を飲んでいるうちに、大蛇の姿に変わってしまったのである。大蛇は1回姿を現しただけで、いくらよんでも二度と現れなかった。母親は泣く泣く村に帰ってきた。

そこからこの沼を与蔵沼、峠を与蔵峠と呼ぶようになったという。それからのち、この峠を通る人はときどき白い大蛇が沼で遊んでいるのをみかけるという。